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クローバーのそよ風 [81]

こんにちは!代表のヒグチが気ままにつづるページです。

 

気仙沼が舞台ということもあって、連続テレビ小説 『おかえりモネ』を見ている。

主人公の百音は人の役に立ちたくて気象予報士になった。ある日、これまでにない台風が来るから備えるようにと、漁師の祖父をはじめ地元のみんなに連絡した。後日、難を逃れることが出来た祖父から感謝の電話が来る。嬉しそうな百音に、職場の先輩が「あなたって、ちょっと重いよね。人の役に立ちたいとか言って結局は自分のためなんじゃん。」と言われる場面があった。それを聞いて、5年前に似たようなことがあったことを思い出した。

 

全国から子ども食堂をしている仲間が集まる『子ども食堂サミット』でのこと。数人で話したとき、私が「自分のために活動しているんです。」と言うと、関西から参加していた人が「おかしいよ。私はずっとこれまで子どもたちのためにやってきた。自分の為だなんて思ったことは一度もない。」と、突然 怒りだしてしまった。今なら「素晴らしいですね~。」と笑顔で終わらせるが、当時まだ尖がっていた私は「子どもたちのためにやりたいという自分の気持ちを満たすためにやっているんだから、自分のためでしょう。」と返してしまった。

 

私は離婚後、生活が苦しかったことから、子ども食堂が近くにないなら自分で作ってしまおうと活動を始めた(何人かの助けがあったから出来ました)。まずは自分の困りごとを解決することが、同じように困っている誰かを結果的に救うことになると思うからだ。

来月からフリースクールを始めるのも、山形市教育委員会で開設している適応教室が小4以上しか利用できなくて困っている友人がいるから。低学年の子どもを家にひとりにできず、仕事を休んだ為に経済的に困窮しているひとり親の知り合いがいるから。

まずは、私自身や私の身近にいる人々の困りごとを解決していくこと、そしてその活動を発信していくこと。それが結果的に、どこかで助けを求めている人のかがり火になるのではないだろうか。

 

自分は高いところにいて、あなたのためよなんて恩着せがましい支援ほど、当事者をつながりにくくさせるものはない。何を言いたいかというと、他人を使って自分の心を満たすなということ。

「あんなにしてあげたのに」といずれ不満が出てくる。それは持続可能な活動にはならない。私はやりたくてやっている、やらずにはいられない、そう自分の人生を主体的に生きよう。自分で自分の心を満たそう。

それがいつも上機嫌で市民活動を続けられるコツであると思う。